2019年2月21日 会津若松市・報告お茶会終了

県内最後のモニタリングポスト市民の会報告お茶会は2月21日会津若松で開かれました。参加者20名は震災後子育てが始まったママから10歳で敗戦を経験した世代まで。ちょっと年齢の高い男性たちや、市議さん、関東から福島に訪問中の方々も。なので、話題も多岐に渡りました。その一部をご紹介します。
○フクシマ事故が忘れさられる今、情報を掴むこと、共有すること、発信することが大切。(女性60代)
○なぜ10年も経たないのに撤去なのか分からない。モニタリングポストがあることで子ども達も自ら確認できる、安心できると思う。県外にいる自分の孫も地域に住む子どももみんな大切。(女性60代)
○会津若松市住民説明会で最もショックだったのは規制庁に「今後、福島第一で事故が起きる可能性はゼロではない。最も危険なのはデブリの取り出し」と言われたこと。自分たちは危険なところにまだ住んでいるのだと知らされた。それなのに、学校も社会も今の状況が安全であると信じている。国は福島県民を犠牲にしている。国への不信感は募るばかり。(女性30代
○中学に入学した娘には室内の部活動を選んでほしかったが、本人の希望で室外の部活動に入部。一度体調を崩したので退部も考えた。会津若松駅前のモニタリングポストは残してほしい。モニタリングポストがなくなった瞬間に子ども達は考えなくなる。「知る権利」は子どもにもある。それまで奪わないほしい。(女性40代)
○所属する人権を守る団体を通じてモニタリングポスト継続を求める署名(302筆)に協力した。また、自分は長年生物同好会にも所属しているが、原発事故後きのこの放射線量測定を続けている。それぞれがかかわっている活動は異なっても、情報を共有すること、声を上げ続けることが大切だと思う。(男性70代)
○この国は「論議をすり替える」国。原子力規制庁の言い分もすり替えが多いと分かった。モニタリングポストの継続配置は国の方向性が拘わっている。この国を変えるには選挙が重要。(男性60代)
○戦争中、国は国民に「逃げるな」と教え、国民もそれに従った。その経験と今の規制庁の緊急時は避難しないでほしいとの意向が重なる。その発言に大きな危機感を感じる。また今後の万一の場合に備えても、どのように対応するのかを考えることが大切。(女性80代)
○この国は国民に大事なことを知らせない国だと思う(女性70代)
○声を上げ続けることは大変だが、続けていくことが大切(女性50代)
○モニタリングポストが現実に自分を引き戻す。ポストをなくすことが、原発事故が解決したことにはならない。(女性50代)
○県外に住む自分は、福島県内にあるモニタリングポストの数値を見ていきたい。クリックすればカウントがあがり、そのことでサイト管理者には関心を持っている市民がいることが分かると思うから。(男性70代)
○我が子が成人した後もいのちを守る働きを続けている高齢の方達の姿、熱い思いに驚いた。(女性40代)

モニタリングポスト撤去がこの国の有り様を浮き彫りにしていることが、多角的な視点から話されました。新しい出会いや嬉しい再会もありました。それぞれ異なる立場にいるから共有する情報も豊かです。主催者のママが「これは今からの課題なんだよね」と話していたことが印象的でした。
各地で開かれたお茶会、これからも柔軟に開いていきたいと思います。人と人が出会うことで、何かが生まれることを積み重ねていきましょう。